メリーさんの生き方
ヨコハマメリー
監督: 中村高寛
出演: 永登元次郎、五大路子、杉山義法 、清水節子
2006年4月

>白い化粧に純白のイブニングドレス姿で横浜の街頭に立ち続けた娼婦「ハマのメリーさん」の半世紀を、彼女を取り巻く人たちの証言でよみがえらせるドキュメンタリー映画。

!ネタバレ注意!
映画の中では、メリーさんの素性、生い立ちなどは噂としてしか出てきません。
今の日本から考えると十分レトロな戦後直後の日本人から見ても、レトロなドレスをまとい気取った物腰で「皇后陛下」と呼ばれるメリーさん。
実際のところ娼婦だったのか、なんだったのかはついにわかりませんが、故郷に凱旋する生活ではなかったことはわかります。
実際にメリーさんを知っている人の証言が続々ですが、浮かび上がってくるのは
「メリーさんは何者だったのか」
ではなくて、戦後の混乱期の人々の生き様です。

<メリーさんは非常にプライドが高く、決して施しは受けるのを良しとしなかった。>
そのためシャンソン歌手の元次郎さんは、「これでお花でも買ってね」と袋に入れたお金を渡すなど工夫したようです。
結局お金を受け取ることには変わりないのですが、そうやってお金を渡す元次郎さんの思いやり、それを受け取ってなお誇りを失わないメリーさんの尊厳に思いをはせます。
私の乏しい経験ですが、お金をあげる行為は人間の尊厳に触れる行為と考えます。
おしつけがましくなくお金を渡すことも結構大変ですが、
お金を受け取ったことで心ならずも好きでもない相手にぺこぺこしてしまい、みじめになることだってあります。
赤の他人のメリーさんにそれだけ尽くしても元次郎さんはメリーさんに母親を重ね、
「もっと何かしてあげられたのではないか」
と苦渋を語り、メリーさんは孤高であり続けます。
そんなメリーさんを若い頃怒鳴りつけたという五木田京子さんは矍鑠として、
時代に流れても自分を失わない、そんな強さを感じました。

<メリーさんは舶来の香水瓶に何を思ったのか>
舞踏家の大野慶人さんの動きは見事です。
ハムレットのオフィーリアを演じる時にメリーさんを参考にしたと語っていましたが、私の中でもオフィーリアとメリーさんが融合しました。

<女の業、人間の業>
メリーさんの映画を撮ろうとした清水節子さんは、某ビルの化粧室で真っ白に顔を塗りたくり、レースの手袋をはめて手袋からはみ出る部分にも白粉を塗りたくるメリーさんに女の業を感じたといいます。
私、これで「女の業」について考え込んでしまいました。
「女の業」、一言でくくるにはあまりにもいろんな業がないでしょうか。
末期癌に侵されている元次郎さんは、「これだけでおなか一杯になる」量の薬を飲み、「生きたい」という意欲が明快です。
私はこれは「男の業」ではなく、「人間の業」だと思うのですが最後に出てくるメリーさんにはそのような業は感じません。
女の業、男の業、人間の業ってなんだろう?
メリーさんが椅子を並べて眠ることなんて、人間の業なんでしょうか?

白粉を落とし、いわゆる老婆っぽい服を着ておかっぱにしたメリーさん。
メリーさんは最後まで語りません。
自分を、語らないことがメリーさんの存在を浮き上がらせます。
沈黙を守ることは、今、一番実行できないことではないか、と思いました。
今、まだ存命であるのなら、彼女にまだ夢はあるでしょうか。
b0006210_1682499.jpg
[PR]
by a-tenar | 2006-06-22 16:17 | Movies

おいしいお酒と、すてきな何かと。
by a-tenar
プロフィールを見る
画像一覧
メニュー

私の旅行記はこちら
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧