ミス・キャスティングじゃないか
b0006210_957851.jpg

マリー・アントワネットの首飾り Affair of the Necklace
監督:チャールズ・シャイアー
製作:チャールズ・シャイアー、レドモンド・モリス、アンドリュー・コソヴ、ブロデリック・ジョンソン
脚本:ジョン・スウィート
出演:ヒラリー・スワンク、サイモン・ベイカー、ジョエリー・リチャードソン 、クリストファー・ウォーケン
2001年 アメリカ

ヒラリー・スワンクが、首飾り事件の首謀者役というんで、どんな悪女に仕立てあがるだろうと期待。
ところがこの映画、ジャンヌ・ド・ラ・モットが伯爵夫人が落ちぶれた家名の汚名を注ぐ孝行娘に描かれていました。
そこは演技派なんで、かなり説得力はあります。
が、細かいところで違和感を感じるんですよ~。

・革命前のフランスだっているのに、科白が英語。
いくら画像がきれいでもねー。

・やっと取り戻した生家から離れたくない、というのはわかる。でもなんで逃亡しなかったか?
それに家名がどうのこうの、と誇り高く生きてきた女が刑の時に見せる見苦しさはなんじゃい?

・アメリカ映画のせいか、やたら「愛のない結婚」を非難するような科白が多いけど、貴族の結婚にそもそも恋愛が介入する余地はあったのか?

ところで、マリー・アントワネット役のジョエリー・リチャードソンがなかなか、です。
似ている顔立ちじゃないのに、だんだん王妃に見えてくるんだもん。
ただ、女ともだちがレズビアンの対象としてゴシップになるのはこの時代?
フランスのお国柄?
それともそれだけ王妃が淫乱、というイメージを植えつけたかったのかしらん。
この辺りの感覚はこの映画に限らずちょっとわからない。
単なる「取り巻き連中」なんじゃないの?

こういっちゃなんだけど、ヒラリー・スワンクっていうのは泥臭いイメージ。
彼女の登場シーンはその点、うまいエピソードになっていたと思う。
孝行娘を演じながらも、革命の導火線になったと言われる犯罪に手を染めていくんだから、何かやらかすに違いない。
一味に抱き込む山師カリオストロ伯爵にはクリストファー・ウォーケン。
さあ本性が現れる、と思いながらあらあら最後になっちゃった。
そういう意味でこのキャスティング、ミスなのかそれが狙いなのか、よくわからん。
「ベルサイユのばら」で育っているもんで、あのジャンヌの描き方の方がわかる。
[PR]
by a-tenar | 2007-05-01 09:43 | Movies

おいしいお酒と、すてきな何かと。
by a-tenar
プロフィールを見る
画像一覧
メニュー

私の旅行記はこちら
ファン
ブログジャンル
画像一覧