<   2005年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧
雷蔵デイ
このところ、急に雷蔵づいていました。
もう10年ほど前になりますか、雷蔵の映画特集をどこかでやっていて、見るともなしにテレビつけていたら目が釘付け。
最初に見たのは「眠狂四郎」シリーズだったと思うんですが、ストーリーなんかそっちのけで雷蔵の姿をおっていました。
「ぼんち」は、えー雷蔵の現代もの?
最初はいや~な雰囲気で見ていましたがすぐに映画の中に入り込みました。
この人は何をやらせても様になるし、立ち居振る舞いがきれい。
相反する二面性が面白い、とファンは口をそろえますが、まったく同感です。
「ライフブログ」に入れたのは「切られ与三郎」ですが、私は「鞍馬天狗」も大好き。
画像は「!」の思いで入手した、サンデー毎日別冊市川雷蔵、1990年発行。
すっと手が伸びて眺めてはうしししし・・・。
まだまだ雷様好き好きの日々は続きそうです。
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by a-tenar | 2005-09-29 20:23 | Movies
またまたはまりそう
イヴの眠り
吉田秋生
小学館 2003年

別件を検索していてひっかかってきたのがこれ。
「YASHA」の続編しかも今度はヒロイン、でおっとり刀で書店に行き今出ている4冊はすべて押さえました。
相変わらずのテンポの良さ、しかも「YASHA」の登場人物のその後がわかって嬉しい。
けど誰かが指摘していたようにテーマはそんなに変っていないので、目新しさはなくなりました。
特殊な能力を持つ者の悲哀は「BANANA FISH」から連綿と続いてきたものだけど、「YASHA」は兄弟骨相食む愛憎、これは「カルフォルニア物語」でもちらりと出てきたテーマでした。
これがさらに発展「YASHA」、そして「イヴの眠り」に続きます。
今回は憎んでいる相手が、自分であって自分でないからなあ。
面白い着眼点。
姿が見えなくて指令だけ出るのって、「日出る処の天子」を思い出して続編の王道だと納得。
これだけで終らないと、吉田センセ、期待していますよ。b0006210_18393090.jpg
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by a-tenar | 2005-09-26 18:39 |
チャンバラ、大好き
図説 時代小説のヒーローたち
縄田一男・永田哲朗
河出書房新社 2000年

時代小説のヒーローといえば誰を思い浮かべますか?
私だったら「鞍馬天狗」、あと鬼平こと「長谷川平蔵」、金さんこと「遠山金四郎」とか、中村敦夫の「木枯らし紋次郎」もかな。
大好きな藤沢周平の「蝉しぐれ」はヒーロー小説じゃないし、それは「深川澪通り木戸番小屋」も同じ、どっちも大好きなんですけど。
ここには私の大好きな剣の達人がいっぱい出てきて、嬉しくて。
読んでいないものも結構あって、「丹下左膳」「旗本退屈男」「机龍之助(大菩薩峠)」なんてまったく読んでいないので、早速図書館にリクエスト出さなければ。
この本の嬉しいところは原作もきちんと載せ、キャラクター別に映画化されたリストが載っていること。
「忠臣蔵」だと往年の大スター片岡千恵蔵、大河内伝次郎、坂東妻三郎あたりから里見浩太朗、松本幸四郎、ビートたけし、中村勘九郎まで。私はビートたけしの大石がとても印象に残っているので、読んで懐かしく思いました。
時代劇はストーリーもさることながら、時代考証、小道具、着ているもののなんかもきっちりこなれていないと面白さが半減するので、よくできている作品にめぐりあいたい人にはいいガイド。
もちろん、時代劇大好き人間にもおすすめ。
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by a-tenar | 2005-09-25 15:18 | Movies
なんとなく変と思っていたことに回答
司馬遼太郎と藤沢周平 「歴史と人間」をどう読むか
佐高信
光文社 1999年

ここ数ヶ月、ちょっと変だと思っていたのは、本を読み返していてなんとなく前のようにのめりこむことができない本、あるいはそその逆で前は白けていて今読むと面白く読める本が多くなってきたこと。
まあ、初めて読んだ頃と今では環境も生き方も家族も変っているので、そういうことかと思っていました。
たとえば司馬良太郎。
「竜馬がゆく」は若い頃、胸躍らせて読みふけったものですが今読むと「?」、
なんであんなに熱中して読んだのかなって不思議。
「竜馬がゆく」の他、「坂の上の雲」も今一つ物語に入り込めず。
山岡荘八「織田信長」などは、東海道を巡るのに調べものと取り出してきてまた読みふけりました、前はなんとなく独りよがりの気があるようで、あんまりだったんですけどね。
また、大佛次郎「鞍馬天狗」は「こんなに面白かったっけ?」と持っている本すべて読み返しました。
昔は痛快!鞍馬天狗と思って読むとなんか違うトーンなのが違和感あったのに、今は成長する鞍馬天狗が好ましく思えました。

この本を読んで、私が抱いた違和感の説明がついたような気がしました。
あいまいなままの司馬遼太郎。
とっても独断的ですが、この著者の主張は明快です。
特に印象に残ったのは著者と宮部みゆきの対談。
それで著者と宮部みゆきの対談ですが、「世の中は理不尽であることを前提に」とか、「身持ちの悪い男に惚れる」などの話は読んで説得力を感じます。

ところで藤沢周平の「信長嫌い」は有名だし、今政治家でも誰でも信長が良いと言うけれど、信長の功罪をきちんと整理したうえでのことなんでしょうか。
話は飛びますが信長って上司にしたい候補にも上位にあがっているけど、どうして?
秀吉みたいな、人の考えていることを読める人でないと、光秀みたいになるの目に見えているのに?
もっとも光秀でいう人は、本能寺で信長に「是非もない」と言わせている人です。
普通の感覚なら優秀で、部下としては扱いやすい人だったと思うのですが。
信長のように癇症の人を上司に持ったら、光秀じゃなくても神経の休まる時はないと思うんですけどねえ。
個人的には藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」の主人公のような、懐の大きい人が上司だといいな。
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by a-tenar | 2005-09-24 18:39 |
何を買うか楽しみに
UM BOOKS ミュージアム・ショップに行こう
山下治子
ミュゼ 2000年

そこらのお土産より魅力的なミュージアム・グッズ。
この本を読んで訪れたいミュージアムが幾つか増えました。
「博石館」なんて何度も行っているのに「ピラミッドカレー」なんて知らなかったけど、それは「トヨタ博物館」の「博物館カレー」も同じ。
「東京国立博物館」のミュージアム・ショップは顔出ししても、「国立科学博物館」は知らなかったなあ。
どこの博物館もこれは譲れないポリシーを持って商品を企画しているのが、このご時勢、清々しく感じます。

<今後ぜひチェックしたいもの>
*「新横浜ラーメンミュージアム」の「なると巻きグッズ」
*国立歴史民族博物館(千葉県佐倉市)の「茶天鵞絨地波兎模様縫打敷」をモティーフにしたオリジナル・ジュエリー
*埼玉県立近代美術館のオリジナル・スケッチブック
*滋賀県立琵琶湖博物館のザリガニ、ナマズなどのオリジナル・グッズ
*岡崎市美術館の地元陶芸作家の作品、市のガラスリサイクル工場でできたグッズ
*広島市交通科学館の乗り物グッズ
*高知県立牧野植物園の牧野博士の植物画など
*田中本家博物館(長野県須坂市)のお皿、きもの柄をモティーフにしたハンカチ
*原美術館の日常品
*かみつけの里美術館(群馬県群馬郡群馬町)の古墳関連グッズ


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by a-tenar | 2005-09-24 17:46 |
セレブ?
お姫様とジェンダー アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門
若桑みどり
ちくま新書 2003年

久々にジェンダーがどうした、の内容の本を手にとりましたがこれは良かった。
以前一流の作家が著書に
<戦後強くなったのは女と靴下といわれるが、戦前の女の状況は確かにひどかった。今の女は自由に外出できるようになっただけでも良いと思ったほうがいい。もろもろのことは後でついてくる>
というようなことを書いていました。
私、これにかちんときたものの、長いことうまくかちんときた感情をことばにできなかったことを思い出しました。

この本に出てくるのは、ディズニーを見ていれば顔もキャラクターもすぐにわかる姫様ばかり。
<シンデレラ>
姉娘が舞踏会だの、王子様に大騒ぎしている間に黙々と働いてみせ、魔法使いのおばあさんには次から次へとものをおねだりして感謝を知らない娘。
わざとらしく靴を落としていったのは、これだけがとけない魔法とわかっていたからか。
王子の使者が迎えに来ると、日頃のつつましさを捨て
「それ、私のです」
と名乗るところがすごい。

<眠り姫>
どこまでも他力本願な女。
ずるずるべったりの受身の娘。

といった塩梅。
別にいーじゃん、お話なんだからと思われる向きもありましょうが、これ、刷り込まれ続けたら恐い。
女だけではなく、男だって自分の好きな女を探すのに、自分は動かないで使者にやらせる男と結婚したいかなあ?
男は美しくて、性格も良くて(と思い込んでいる)家事万能の女がぼくの奥さんとにこにこ、
女は金と権力があり、ハンサムな王子様と結婚すればめでたし、めでたしで終結。

この価値観がもたらす弊害は、すでに世界にあふれているような気がするんですけどねぇ。b0006210_8363324.jpg
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by a-tenar | 2005-09-21 08:42 |
搾取される側の悲劇
BODY BAZAAR 人体市場
L.アンドルース、D.ネルキン
岩波書店 2001年


闇の子供たち
梁石日
解放出版社 2002年

大好きな島田荘司の「ハリウッド・サーティフィケイト」には、人間の臓器を持つ動物やら、人間が生る木の話が出てきます。
荒唐無稽なと思えても「人体市場」を読むと、私が知らないだけで現実にはかなり実用化されているのではと思えるんですね。
西欧文化、とひとくくりにして良いものか、自分が生きるためにはどんなことも正当化するできるというのが考え方にあるのではないでしょうか。
あるいは西欧キリスト文化がそうなのかもしれません。
神に対して謙虚な自分であれば、他者の犠牲はやむえをえない。
異教徒を殺すのも、肉を食べ、放埓な暮らしをしていても神に赦しを請いキリスト教の定める贖罪の儀式を済ませればいいというような。
その行き着く先の一つは、臓器の問題でしょう。
自分の生を大事にするために、どこまで他者の臓器を活用できるか。
脳死した善意のドナーだけでは供給が追いつかず、そうなれば適応する臓器を求めてありとあらゆるものを使えないか考えていくわけです。
私個人は、自分の死んだ後は臓器移植OKと考えていました。
でもその使い方が私の想像の範疇ならいいのですが、臓器、血液、DNA、身体そのものに利用価値があるとわかると(くまなく無駄なく活用できる)正直ためらいが生れています。

また先天的な障害を持って生れた子どもに、それで治るものなら臓器移植するというのは人としては当然なことでしょう。
でも梁石日「闇の子供たち」を読んでしまうと、それは果たして当然か?という疑問も湧きました。

病んでいる人が、臓器移植で健康になり生きていけるのなら臓器移植は悪いことではありません。
問題は臓器や、臓器のドナーが搾取されているか、搾取の対象になっていることで、自分があるいは愛する者がこの立場にないと安心していい問題ではないはずです。

b0006210_10582725.jpg今ですらお金を持っている者が勝ち組となり何をしても良い状態になっている現状が、さらに悪くなる日はそう遠くないことなのかもしれません。
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by a-tenar | 2005-09-20 10:58 |
男の子への虐待
少年への性的虐待 男性被害者の心的外傷と精神分析治療
リチャード・B・ガードナー
作品社

萩尾望都「残酷な神が支配する」を読んでいて、なぜジェルミはあれほど心に傷を負いながら、嫌だった男娼になってしまうのか今ひとつ理解できませんでした。
吉田秋生の「BANANA FISH」では、アッシュは男性からの誘惑、あるいは挑発に毅然としていますが、外伝「Private Opinion」などではわざと大人を性的に挑発する子どもの頃のアッシュが出てきます。
私は常々、虐待の加害者の生い立ちに興味を持っていました。
虐待の加害者というのは往々にして何か被害者であったことが多いのですが、虐待を受けて大人になったら全員が加害者になるかといえばそうではありません。
社会的には誤解されているようですが、むしろ虐待の加害者にならないよう踏ん張っている人が多く、その人たちの苦労はもっと報われていいはずだと思っています。
それはさておき、様々な虐待のケースのなか女の子でも男の子でも性的な虐待を受けた場合、本人の嫌というきもちに反して性的に放埓になってしまうケースが多々あります。
それはたとえば不眠症の人が眠れないと悶々としたり、摂食障害で苦しみながら暴飲暴食をしたりするのとちょっと違うような気がしていました。
こうした子どもへの性的虐待を扱った情報で、真面目なものはあまりないように思いますが、数が少ないわけではないはずです。
そう思って探していくと、結構大人の女性が男の子に性的暴力を振るっているケースがあると知り、改めて虐待とは性的嗜好云々より強い動機は弱いものいじめ、何かを支配せずにはいられない欲求のほうが強いように思えます。
そこに虐待防止を防ぐポインはないでしょうか。
また男の子が大人の男性から性的暴力を受けると、男としてのアイデンティティが危機に陥る場合があります。
今更ながら「男らしさ」「女らしさ」のあやうい概念、そしてセクシュアリティが揺らぐ怖さを知りました。
日本でもこういった研究がすすむことを願っています。b0006210_10312323.jpg
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by a-tenar | 2005-09-20 10:31 |
  

おいしいお酒と、すてきな何かと。
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