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今日は
>23日後場の東京株式市場では、全面安商状。お昼の立ち会い外バスケット取引でやや売り決め優勢となった流れを受け、平均株価は午後1時35分に1万5392円43銭(前週末比304円26銭安)まで下落。(Yahoo!)

「女王の教室」
最終話まで見て、泣きました。
真矢の笑顔見て、天海祐希が当たり役としみじみ。
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by a-tenar | 2006-01-23 21:22
何を着ていくか
近々いとこの結婚式があります。
今、関係の悪い母がきものとはりきっているのを聞いて嫌気がさし、急遽洋服で出席することにしましたが、そうなると着ていくものに困りました。
私が持っているフォーマルはブラック・スーツ。
あと上質のツィードのシャネル・スーツがあるにはあるものの、結婚式に招待される側にはタブーの白だったり、母からのもらいものだったり、です。
母と同席で、母からの「下されもの」を着るのは嫌!
あと持っているものはノー・スリーブか、チャイナドレスとかアオザイ、アジアの民族衣装。
お昼過ぎの披露宴だったら本来アフタヌーン・ドレス、かかとのあるパンプス(サテンが望ましい)にはちょっとふさわしくないかも。
若い娘ならともかく、この年になってセオリーを知らなかったでは恥をかくので調べまくりましたが、まだわかりません。

●セオリー
女性:昼の準礼装
アフタヌーンドレス:シルク、ウール、ジャガード、カシミヤなどの生地を使ったドレス、スーツなど
アクセサリー:パール、コサージュなどをつける
ハンドバッグ:小型でスエード、エナメルなど ビーズ、エナメル、シルクなど
靴:パンプス、ヒールの高いもの (スエード、サテン、パール、エナメル) エナメル

●私の現実
シルクのノースリーブ、ツーピースならあるけれど、これにあわせるジャケットがない。
黒絹のジャケットをもってくると暗い。
パールのピアスは持っていなくて、ネックレスはイミテーション。
コサージュなどは持っていないので、このままではなんとも地味。
いくら花嫁をたてる服装といっても、暗すぎる。
そこで黒のイブニング・ドレス(へへへ、ウンガロのコレクション・ラインだ)に茶のマックィーンのジャケットを合わせようかと思ったが、ロング丈のドレスでもカジュアルっぽいデザインなので不安。

そしてどちらを着るにしても、靴がないっ!
ミュール、サンダル、かかとのないものはNG?
フツーのパンプスはお葬式用の紐つきパンプス、結婚式に紐靴OK?
バック・ストラップのものはサンダルだろうか、パンプスだろうか?
かかとのないものはだめというなら悩む必要もないけれど、ヒールのあるものだったら許されるような気もするし、実際パンプスもサンダル(ただしストラップのあるもの)がかなりパンプスとして通用しているような気がする。
マノロのハラコだの、バック・ストラップは使えないとすると、マリのオーソドックスなマスタード色のバック・ストラップはどうだろうか。
セオリーでいけば、「サテン地のかかとがありヒールのあるパンプス」しかだめなんだろうか。
でもそう書いてる横のイラストは限りなくミュールっぽかったりする、
どうせ買うならカーフではなくて、サテンを買うべき・・・?
それよりイミテーションじゃない、上等なパールのアクセサリーを買うべきかも。

どうもアフタヌーン・ドレスって皇室ファッションでよくみかける長袖、上質の生地のプレーンなスタイル、帽子手袋、真珠のネックレスといった類のものをイメージしちゃうんです。
だとすると私の持っているものは、すべてだめだ・・・・。

でもこの先何回冠婚葬祭に立ち会うのだろうか。
もし子どもが結婚するとなったら、やっぱり洋装ではなく留袖着るだろうし。
としたらここは何も買わないで何とかやりすごせないだろうか。

和装なら色留、草履とバッグを揃えてあと髪をなんとかするだけですむのに、洋装だとどうしてこんなに面倒なんでしょう?
今日もクローゼットを開いてはあーでもなくこーでもなく。
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by a-tenar | 2006-01-20 21:54
こわ~い、でも見ちゃう!

「女王の教室」
日本テレビ

今、我が家ではまっているのがこれ。
放映中見ようか迷ったけれど、横暴な教師の支配する教育ドラマなんか見たくもないと意地張りました。
でもレンタルで、興味のあった「ドラゴン桜」の下にあると、「ドラゴン桜」が貸りられない時などついつい目がいってしまい、結局借りてきてはまりました。
はじめ子どもたちも怖がっていたんですが、だんだん面白いと言い出して私も、このドラマが虐待と教育のギリギリをいっているから、怖いと思いながらしっかり見ています。
かつて子どもたちに真矢のような態度を取った過去があるもんで、威圧的な態度がことさらこたえました。
半分も過ぎると、真矢の真意がなんとなくわかる。
子どもたちも真矢への対応を学んでいく、これがいい感じ。

真矢にいいように操られる親に、歯がゆい思いをしながら同じ立場になったらやすやすと手玉に取られるのだろうな、と自信ありません。
子どものためと言いながら親のエゴを振りかざすなんて、程度の多少はあれ親なんてみんなそうかもしれないと思いますし。
そして真矢の言っていることは極端かもしれないけど、私には否定できない。
だとしたら子どもにとっての「アカルイミライ」はどこにあるのだろう?
「アカルイミライ」のない子どもたちは、どうやって大人になっていくのか、考えたらとっても怖いことなんです、これ。
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by a-tenar | 2006-01-19 21:40
「血と骨」
血と骨
原作:原作:梁石日(「血と骨」幻冬舎文庫刊)
監督:崔洋一
2004年 日本

すさまじい内容、と聞いていたので思ったより残酷なシーンは少なかったのでやれやれです。
でも暴力的なシーンのところは、残酷というよりリアルな気がしました。

これ、R15指定なんですが私はあえて子どもたちの前で見ていました。
実際ビートたけしが演じるような暴力的な男が、今そこにいるかもしれないんです。
子どもの前で母親を殴ったりレイプしたり、子どもだって殴るわ蹴るわしても、ついこの前まで犯罪にならなかったわけで、私は今の時代悪い悪いと言われながら進歩したと思っています。
もちろん、現代でもDVに苦しむ女性が多いのは知っていますが。
子どもに民族、性差などの差別問題や人権と言ってもぴんとくるわけありません。
冬休みの課題に人権問題の標語、ポスター、作文などに取り組む、というものがありました。
子どもに「差別ってわかる?」と聞いてもわからない。
理屈で「差別っていけない」と知っているだけで、差別がどういうものかはわからないんです、子どもに限ったことではないけれども。
映画は虚構だけれども、だから入りやすいということもあるでしょう。

ビートたけしが高利貸しとして成功する、おそらく昭和30年代。
私の住んでいた下町もあんな家が並び、道路舗装などなく砂利が敷き詰めてあった記憶がまだ残っています。
あの頃の街の匂い、家の作りや、お鍋、卓袱台なども私は珍しくもないけれど、子どもたちには「いいな」と思うものらしいです。
私には自分の記憶と映画がリンクするために、ノスタルジーとかはまったくありませんでした。
私の母の得意技の一つに、「私たちはお前たち娘を女郎に売ったりしたわけではない」があります。
ビートたけしを見ていると、その通りでしたと肯定的になってしまう((+_+))。
解説では、
「破滅は老いて病んだ肉体の凋落とともに、やってきた。運命は過酷な終末を用意していた」
とありますが、私は別に過酷な終末だとは思いません。
ナレーションにもあったように、どこまでも自分本位に生きたある男の一生です。
本人なりに不満はあったでしょうが、やりたい放題のことをして家族に迷惑をかけてもなんの痛痒も感じない、自分勝手にやってきた意味では幸せであったでしょう。
そんな奴の一生を考えるより、子どもたちに「血と骨」の呪縛をかける親、それを子どもたちはどこでどう断ち切るのか、果たして断ち切ることは可能なのか、そっちのほうが気になります。

ビートたけし、はこれ以上のキャスティングは考えられないほどの怪演。
チョイ役のオダギリ、たけしの妻役鈴木京香、娘役の田畑智子、愛人役の濱田マリもいい味出しています。
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by a-tenar | 2006-01-15 10:34 | Movies
夫とコーヒーを飲みながら・・・
四月の雪
監督 ホ・ジノ
2005年 韓国

ぺが嫌いなことでは私といい勝負の姉がいいと言っていたので、借りてきました。
結果=いいじゃん、ぺ。
私はぺが、中性的というより女性的と感じるので好きではないけれど、この役のぺは自然な感じ。
それにソン・イェジン がいいしね。
あの若さで彼女は役にすんなり入っている感じ。

私がまず考えたのは、不倫した二人はここまで残酷なことを本来のパートナーにするつもりはなく、ほんの火遊びのつもりがこんなことになってしまって、ということでした。
悪気があったらまだ憎めるものが、悪意がないとなるとどうして?どうして・・・、と感情のやり場がなくなってしまう。
二人の事故に巻き添えをくって死んだ少年の家族なら、「あんたの夫が」「あんたの妻が」とののしることも許されようが、ぺとソンとて意識のない二人に同じような怒り、悲しみを感じているのにお通夜に行かなければならない苦しみに目がうるうるしてしまいました。

二人が関係を持ってしまう辺りは興味がなくなってあんまり良く見ていないのですが、奇跡的に意識を取り戻した妻が「私に何か聞くことがあるでしょ・・・」のシーン。
ぺは梨を剥いてやりながら「いや」と否定しますが、残酷な復讐心を覗かせたような気がします。
そして、妻に相手の男(ソンの夫役ですね)が死んだことを告げ立ち去ります。
これ私、復讐かなと思う。
なんかそう思わせる凄みみたいなものがぺから立ち上っているんですね。
ドア越しにもれる妻の嗚咽。
これを聞いてぺがふっきれたのか、ソンと駆け落ち?
妻を捨てるのに、それだけの手順が必要だったのか?必要だったんでしょうね。

このあたりが私にはどうしてもすとんと落ちなくて、朝夫とコーヒーを飲んでいる時に訊いてみました。
「ねぇねぇ映画のことだけど、もし私に愛人ができて秘密のデートをしていたら事故にあって(略)、あなた、意識のない私の代わりに事故の巻き添えで死んだ人のお葬式に行ってくれる?」
「・・・・・・」
「あなただったら、私が愛人の死を悲しんで泣いているのをどう感じる?私に復讐したい?あなただったらどうする?」
「・・・・・」
何回もしつこく訊いて引き出した答えは「わからないよ、その場にならなきゃ」
うーん、そりゃそうなんだが・・・・。

私自身は夫の看病はすると思うけど、混乱して泣いて、それからどうするだろう?
相手がぺでも不倫しちゃうだろうか・・・(o|o)
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by a-tenar | 2006-01-14 23:37 | Movies
さぁ、映画を見るぞ
真夜中の弥次さん喜多さん

監督・脚本:宮藤官久郎
2005年 日本

仕事を〆た、当分遊んで暮らすぞさぁ映画だ映画だ、と借りてきたのがこれ。
あまり期待せずに見て、最後までしっかり見た。
好みからいけば「アカルイミライ」のような作品が好きだけど、こっちは音楽のセンスもいいし着物が面白い。
前に祇園の舞妓さんの髪型を「研究」したんだけど、日本髪とか着物ってエロティックだっていうのがあんまりぴんとこなかった。
これを見ていて、日本髪って「男らしさ女らしさ」をものすご~く具体的に現したものだったのかしらん?
中村七之助の着物が様になるのはわかるとしても、長瀬智也の着物姿はTOKIOの衣装よりかっこいいぞ。
登場人物、ほぼ着物アレンジだけど、みんな様になっている。
「戦国自衛隊1549」のミスマッチにはうなったけれど、ハーレー・ダビッドソンでお江戸を出発しても面白かったし、ヤクがカプセルなのも「リヤル」。
主役二人の息が合っているし、私はチョイ役でもARATAが出ていて嬉しい。


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by a-tenar | 2006-01-13 22:42 | Movies
大和、後
「男たちの大和」を見て、つくづく思ったのは人間の品性ということ。
「がばいばあちゃん」の読後にも、このようなことは書いたと思います。
いつアメさんの攻撃が来るかわからない、あるいはタイタニック沈没時、そこまで切羽詰まった局面ではなくもと長い貧乏暮らし、というような時に
どれだけ人のことを思いやれる行動が取れるか
というのが私の考える品性の高い人です。
たぶん、この人たちは考えて行動したのではなく、
おのずとそうなってしまったのではないか。
報酬や栄光を考えて立派な行いをするのは当たり前(これすらも今はあてはまらないかも)。
自然に人を先に、あるいは後に残れと思いつく、
その精神がぜひぜひ学ばなくてはと自戒しながら、あそこまで立派でなくても私もそれなりな行動は取れると思っていました。

ところが。
ここ立て続けに自分の品性の低さ、あさましさを思い知らされています。
もちろん平凡な私の日常なんで、大和やタイタニックの最期みたいな劇的な局面ではありません。
おじさんが道でコインをばら撒いて、拾ってあげるつもりがそのままもらってしまったり。
デイパックが身体の向きを変えたときあたって陳列していた商品を壊したのに、知らぬはんべいを決め込んだり。
笑ってしまうでしょ?
その笑ってしまうようなささいなことでも、我を通してしまうわが身がつくづく情けない。

やっぱり志を尊く、身を律して、というのは生半可なことではありませんね。
ささやかなことでも、人を思いやるきもちを忘れたくないです。
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by a-tenar | 2006-01-12 12:43 | Movies
私にはだめだった
珈琲時光
監督:ホウ・シャオシェン
2003年 日本

私には何がなんだかわっぱりわからなくて・・・。
ただ昔なじみのあった場所がいっぱい出てきて、懐かしいきもちになっただけで・・・。
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by a-tenar | 2006-01-10 23:41 | Movies
切ないなあ
男たちの大和
監督:佐藤純彌
2005年 日本

あんまり期待せずに行ったら、泣きました。
わりと淡々と戦艦大和の乗組員の青春を描いていたので。
私が読んだ評では、女優陣が健闘とありましたがその通りだと思います。

戦艦大和は、乗り込んだ内田二兵曹(中村獅童)らに「これで日本が勝つ」と大喜びさせる威容を誇りました。
でもそれは雲霞のごとく襲いかかる米軍襲来機の攻撃の前に、なすがままに蹂躙させるしかなかった大きさでもあります。
「生き残ってごめんなさいっ!」
のシーンには、「来るぞ来るぞ」と思いながら泣きました。

母親の愛を強調したくて、子どもたちに
「お母さんが少ないお砂糖でぼたもち作って食べさせるシーンが一番だよね」
と言ったところ即座に
「お母さんはぼたもち作ってくれたことないじゃん」
と返されました(・_・;)。
恩着せようとするのは、ぼたもち作らなくてもだめですね。

私はエンディングの長渕剛の歌が陳腐と思ったのですが、夫はあれで泣けたそうです。
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by a-tenar | 2006-01-08 21:35 | Movies
アカルイミライ
アカルイミライ
監督:黒沢 清
2003年 日本

オダギリジョー、浅野忠信、 藤竜也の3人の魅力あふれる男優、それに「主演」のクラゲ。
地味な映画ながらいろいろに読み解ける映画でした。
冒頭のオダギリジョーの「から揚げ小さいです」に彼の置かれている状況がわかり、オダギリを止めても社長がクラゲの水槽に手を入れてもなぜか止めない浅野に不思議さを、そして息子に「なんでも相談してよ」と言いながら大金を貸してといわれるととまどう藤に笑ってしまいます。
ラストをどう捕らえるのかは、それぞれによって違うのでしょうが、私はひょっとしてすべて夢幻だったのかという感じも持っています。
ただそれだと、「ここにいていいよ」の藤のつぶやいた直後、扇風機が止まってしまう説明にはなりませんね。

私のような中途半端な世代だと、社長があれこれ世話を焼いたり、彼の妻が「焼き豚自家製なのよ、スパイスがちがうでしょ」と言ってみたりする陳腐な会話は、日常生活の一部になっています。
その反面、そういう会話が嫌で席をはずす、若いオダギリのきもちもわからなくはないはないのですが。
で、やっぱり「きみたちのことが把握できたよ」と言ってみたくなる(!)。
浅野忠信の演技が、すらーっとの狂気を仄めかすのがとてもいいですね。
浅野はじょじょにオダギリに支配的になり、オダギリはそれに翻弄されていきます。
私はこの「仁村雄二」に無垢そのもの、オダギリが清潔感あふれるピュアな青年をうまく演じていることにも惹かれました。
そしてさえないオヤジ、藤竜也。
彼の「口がすべった、言っちゃったよ~」になんともこの役の暖かさを感じ、大人というのは彼のような人をいうのかもと思います。

始めキレがちのオダギリがおだやかになっていき、、のんびりと「いつか」と未来にゆだねることができるようになります。
逆におだやかだった藤の方が、「そんなに待っていられるか!」とクラゲを追って川に飛びこんでいきます。
浅野の狂気に揺れるオダギリ、ラスト狂う藤と思ったのですが、よくわかりません。
5回連続して見ました。
それでもなお、まだ見てみたい映画です。
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by a-tenar | 2006-01-06 21:36 | Movies
  

おいしいお酒と、すてきな何かと。
by a-tenar
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